01施設の食卓
毎日のお米を、届ける
カトマンズの児童養護施設で暮らす子ども70〜80人に、毎日のお米を届けています。2015年の大地震のあと、35人の食事と教育から始まりました。
僕はいま、
自分が必要とされなくなる
準備をしています。
ネパール・カトマンズ拠点/
毎日、誰かの食卓をつくってきた
血のつながらない弟分が、毎日僕の届けるお米を食べている
これまでの講演(2015年から)
はじめての方へ
どんな人?
大学1年でたまたまネパールへ行き、児童養護施設の子どもたちと出会いました。それから12年。いまはカトマンズを拠点に、NPO法人 Around The Table の代表をしています。
何をしている?
施設の子ども70〜80人に毎日のお米を届け、施設の建物を建て、ネパールの工房で職人とものをつくっています。日本では講演やお話会で、そのことを伝えています。
なぜ?
めざしているのは、支援を続けることではなく、終わらせること。子どもたちが、大好きな人と食卓を囲める日をふやすためです。
テーマ
終活は、自分がいなくなっても、大切な人が困らないように準備すること。31歳ですが、僕はいま、終活をしています。
支援や国際協力は、広告やテレビで、ずっと続いているように見えます。でも、終わらないのには、わけがありました。
支援をやめる話ではありません。
やっていること
横にめくれます。
01施設の食卓
カトマンズの児童養護施設で暮らす子ども70〜80人に、毎日のお米を届けています。2015年の大地震のあと、35人の食事と教育から始まりました。
02施設の建設
2022年に土地と施設を購入。改築と追加工事を経て、2025年8月に完成しました。
032026年11月から
子どもを家で育てようとしている、ひとり親のお母さんたちへ。家族と一緒に、家で食べ続けられるように。
04
05母船厨房 G.O.M.
支援を受けるだけでなく、対等に世界とつながるために。食べ終えたお米の袋も、職人がバッグに仕立てます。売上が、次のお米になります。
06ハレバッグ
バングラデシュの職人と、ゴミからバッグをつくりました。できるまでを書いた本『バッグの向こうで、遠くの空が晴れた』を2025年に自費出版し、展示会もひらきました。
▶ 晴れバッグ展 OP編を見る緊急支援
2026年のネパール洪水では、ヌワコット郡ベルコットガディ市7区で食料と物資をサポート。いまは、子どもたちが学校に通うためのスクールバッグをつくっています。
▶ 活動報告を見る
08伝える
2015年から講演は200回以上。フィールドワークは年に2回、これまで200名以上の学生・社会人と行ってきました。この冬は、全国をまわります。
これまでの歩み
児童養護施設で暮らす子どもたちと、たまたま出会う。
4月、団体の前身「ネパールこどもクラブ」をつくる。20歳。その年、震災復興の功労賞を、ネパールのコイララ首相(当時)から受けた。
自分の儲けはゼロ。店が回る分だけ残して、あとはネパールの家を建てるお金に。
2025年8月に、改築を終えた。
『バッグの向こうで、遠くの空が晴れた』を自費出版し、展示会もひらいた。8月、NPO法人 Around The Table を立ち上げ、代表理事になった。
緊急の呼びかけに131人、約73万円のサポートが集まった。11月からは、ひとり親の家庭にもお米を届け始める。
必要とされなくてもいい。ただ、そこにいてくれるだけでいい。
めざしていること
国際協力のゴールは、
国際協力が、いらなくなること。
海外からの支援がなくても、毎日ご飯が出る。
大好きな家族と、なにげない晩ご飯を。
そうなったとき、それはもう「支援」じゃない。
ただの 晩ご飯 です。
ネパールの児童養護施設(396か所)で暮らす子どもは 10,882人。僕たちが届いているのは、まだ約0.7%(約145人に1人)です。
動画で知る
押すと、このページの中で再生します。まず1本なら、いちばん上の「循環型共創モデル」から。
会いに来てください
2027年1月中旬〜
応援のしかた
自分のコップは自分で満たして、あふれた分を、ただ分け合う。無理をしてではなく、満たされたあなたから。

毎月
いまいる子のお米と、家で食べ続けるためのお米に。僕が必要とされなくなるための費用です。番号入りの astro crew ステッカーが届きます。


買う
エプロン、ポーチ、コースター、Tシャツ。ネパールの提携工房で、職人と一緒につくったもの。買うことが、現地の仕事になる。あげるのではなく、お互いさま。
僕もあなたも、みんなが笑って、
ただただ食卓を囲める。
そういう社会だけは、守っていきましょう。
古川十豊